時代の目標:敗戦、そして国際社会への復帰

南極観測も時代の目標に大きく影響を受け、ある意味時代の目標の一端と密接な関係をもって開始されました。

その目標とは、太平洋戦争敗戦後の日本の国際社会への復帰です。

1945年8月15日天皇のラジオ放送で終戦を発表(15日=終戦記念日)、その後の国際社会復帰の過程で日本人が徐々に自信を回復していきましたが、個人にとっても、その過程の一翼を担う・参画することが見える目標でしょうか。以下赤字が直接南極観測とかかわりのある事項です。

1949年:湯川秀樹日本人として初めてノーベル賞を受賞/1935年に理論的に予言した中間子の存在が、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより実証されたことによって、理論の正しさが証明された。

1951年:サンフランシスコ講和条約署名(9月8日)

1952年:日本国際連合に加盟申請、冷戦の最中で、ソ連など社会主義諸国の反対

1955年:国際地球観測年・日本も南極観測参加の意思表明、敗戦直後ということから他国の反発があり、「資格なし」とされた。白瀬隊の実績を挙げて「資格あり」と反論、最終日になんとか認められた。

1956年:永田武隊長によって編成された南極地域観測予備隊(隊員53名)がその創始、のちに第1次南極地域観測隊と呼称が変更された。当初は2次で終了する予定であったがその後延長された

1956年:日本隊マナスル初登頂(5月9日)/この成功は戦後の日本登山界に画期的な影響があり、空前絶後の登山ブームを巻き起こすなど社会現象になった。

1956年:日ソ共同宣言/ソ連との国交回復(10月)、国際連合に加盟(12月18日)の総会における全会一致の承認でもって80番目の加盟国として国際連合加盟

1959年:12か国による南極条約に署名

 

 

敗戦までの経過は以下のようなものかと思います。

江戸時代鎖国政策を続けてきた日本は、開国を迫られた。開国にあわせて国内体制を見直した(明治時代)。その後、英米を見習って富国強兵に努め、新たなエネルギーなどを国内に導入した。その過程で日本は敗戦しました。

1945年3月10日:東京大空襲/一夜で東京の40%が焼失/約10万人が死亡
1945年7月:アメリカ・イギリス・ソ連の首脳は、ポツダム会談を開く。
1945年8月: 広島(6日)と長崎(9日)に原爆が落とされる。ポツダム宣言を受諾して降伏(14日)、天皇のラジオ放送で終戦を発表(15日=終戦記念日)

その後国際社会に再び認めら受け入れられることをいろいろな側面で努力したわけです。ちなみに司馬遼太郎は、江戸時代から明治にかけて日本が変わっていく時代を小説で紹介しました。

 

時代の目標への共感:卒業式のスピーチから感じるもの

アメリカの大学の卒業式では、卒業生への祝辞として今後の人生について語る役割が社会人に与えられる。

亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は多くの印象的な言葉を残した。中でも2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチは、自らの生い立ちや闘病生活を織り交ぜながら、人生観を余すところなく語り、広く感動を集めた。「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」のフレーズはあまりにも有名である。

https://www.youtube.com/watch?v=RWsFs6yTiGQ

 

 

マーク・ザッカーバーグハーバード大で「人生に目的が必要なわけ」そして、「自身の目的を持つだけでは不十分、他者のために目的意識を生まなければなりません」と語った。

https://www.youtube.com/watch?v=nFaCasVBvD8

www.youtube.com

他者と共有する目的をマーク・ザッカーバーグ「世代の課題」と評し、共有する目的も時代によって変化することを強調している。

 「いったい何がしたいのか自分でもわからない」。それでも全然構わない。なんとなく興味が持てることをしよう。とりあえずお金になりそうなことをしよう。そして、その仕事に全力を尽くそう。全力で取り組んでいれば、スキルが自然と身についてくる。それは小さな成長かもしれないが、仕事に取り組むモチベーションになるだろう。やればやるほど、スキルは上がる。そして気がつけば、誰も真似できない高度な専門性が身についているだろう。そしていつしか気付く。好きなことを仕事にしたのではなく、仕事を好きになるまで育て上げたのだということに。

時代の目標は遅れて認識されるかもしれない。最初に目標を認識できる人間は、「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」として、変人扱いされる・社会から容認されにくい部分もある。

仕事に向かう力

マズローの段階欲求説に基づくと、「自己超越」が最も高次の欲求に位置付けられているが、これは個々の自己を超えた存在に向けて奉仕を行いたいという欲求で、「目的の遂行・達成を純粋に求める」という領域であり、見返りを求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭し、何かの課題や使命、仕事に貢献している状態だという。

 

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 なかでも私の印象に残っているのは、「こういう素晴らしいプロダクトを生み出すのを支えているのは自分たちだからこそ、もっともっと頑張らなければ」というような、営業部門の社員たちの無邪気なまでのモチベーションの高さだった。

『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』

 

 

 

介護作業の合理化

介護士の作業が被介護者の家族などが十分見えてこない・十分見せるためには付随する作業が大きいなどの状況がある気がします。

介護士の作業は被介護者をトイレ・風呂に連れていったり、夜中に3時間ごとに安否確認したり、 朝の体温チェック 、食事状況確認などです。

介護人は、対応被介護人・実施場所・実施作業項目はほとんどルーチンな場合が多いものの、時には個別の対応が重要なことも多いのは当然でしょう。ルーチン作業については、介護人が各介護情報を共有しながら適宜実施するものでしょう。作業時に人・場所・作業などをコード化しQRコードで読み込ませ、確認状況も星の数などで規格化し、体温などの数値と必要な場合のコメントのみ入力してもらえば済ませればいいように感じました。現在短文などをスマホ入力で行うことが多い状況では、介護士が作業しながら行える環境は、作業の合理化につながると感じました。

母親の居た介護施設では、介護士は介護メモを自分でメモ帳やスマホに記載し、食事をしながらの自由時間などに、PCや取り纏め書類などに記載している状況が見受けられました。

 

現場の報告事項の作成は短時間で済み、管理者は問題点のみまた被介護者の家族との会合時などには被介護者で検索し、介護士の行った

 

介護保険からの支出

介護保険の利用状況については適宜連絡が来ている。必ずしも連続した資料ではないので、年毎の介護サービス費の月平均としてグラフ化した。亡くなる前の4年間は特養などの施設利用かつ介護度が3から4に上昇した、また本人の介護保険・負担限度額認定に預貯金の判定が加わったためなど複雑な要因が影響している可能性がある。

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介護の社会的問題点

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

を読んだ。今後介護は団塊の世代が80歳を迎えたときその子供たちが50歳で社会の中核となっているので、社会影響が大きいことが指摘され、介護休暇は介護に専念するための制度ではなく、仕事と介護の両立のための準備を行う制度と捉え、親の介護認定の取得、同居に備えた段差解消などのための住宅改修、介護認定後にケアマネージャの選定・介護計画の策定などを行うためにとの認識を確認すべきであると強調していた。介護保険制度によって介護と勤務が両立することを支援する仕組みであることは初めて認識した。

同書に、厚生労働省介護保険事業状況報告」要介護者認定数および「国民生活基礎調査」要介護レベル別年齢階級別内訳に基づく要支援・要介護者/被保険者比率が記載されていた。男女年齢別の介護認定者割合は80歳以上の要介護者の増加また90歳以上では女性の要介護者多さが顕著であることが示されている。すなわち75歳以上になると女の方が若干の障害を負いながらも生きていけるということかもしれない。80才から徐々に介護度が進行した母親の例は特別なものではことが理解できた。

年齢幅/要支援・要介護者/被保険者比率% 男(女)
65-69/03.6(03.4)
70-74/07.2(06.4)
75-79/12.7(14.7)
80-84/27.6(30.1)
85-89/43.7(52.4)
>90 /54.7(72.5)

出典:厚生労働省介護保険事業状況報告」要介護者認定数および「国民生活基礎調査」要介護レベル別年齢階級別内訳