介護保険からの支出

介護保険の利用状況については適宜連絡が来ている。必ずしも連続した資料ではないので、年毎の介護サービス費の月平均としてグラフ化した。亡くなる前の4年間は特養などの施設利用かつ介護度が3から4に上昇した、また本人の介護保険・負担限度額認定に預貯金の判定が加わったためなど複雑な要因が影響している可能性がある。

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介護の社会的問題点

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

を読んだ。今後介護は団塊の世代が80歳を迎えたときその子供たちが50歳で社会の中核となっているので、社会影響が大きいことが指摘され、介護休暇は介護に専念するための制度ではなく、仕事と介護の両立のための準備を行う制度と捉え、親の介護認定の取得、同居に備えた段差解消などのための住宅改修、介護認定後にケアマネージャの選定・介護計画の策定などを行うためにとの認識を確認すべきであると強調していた。介護保険制度によって介護と勤務が両立することを支援する仕組みであることは初めて認識した。

同書に、厚生労働省介護保険事業状況報告」要介護者認定数および「国民生活基礎調査」要介護レベル別年齢階級別内訳に基づく要支援・要介護者/被保険者比率が記載されていた。男女年齢別の介護認定者割合は80歳以上の要介護者の増加また90歳以上では女性の要介護者多さが顕著であることが示されている。すなわち75歳以上になると女の方が若干の障害を負いながらも生きていけるということかもしれない。80才から徐々に介護度が進行した母親の例は特別なものではことが理解できた。

:年齢幅/比率% 男(女)
65-69/03.6(03.4)
70-74/07.2(06.4)
75-79/12.7(14.7)
80-84/27.6(30.1)
85-89/43.7(52.4)
>90 /54.7(72.5)

母親の今までの生活

以下に自宅を新築後の母親の健康状況を以下に確認した。母親は自営業で生計をたてていたが、50歳以降山登りなどに精を出し自他共に健康を楽しんでいた。しかしさすがに80歳近くになると急激に体に変調をきたしていくことがよく理解できる。

 

1994(H06)/11:73才:自宅新築・高齢化対応(長男と同居)
1995(H07)/01:(神戸震災)
1995(H07)/10:74才:夫死亡
2000(H12)/11:79才:下あご躓き骨折
2001(H13)/06:80才:右目白内障手術
2001(H13)/11:80才:自宅単身生活開始(長男:国外出張)
2002(H14)/01:80才:脊髄圧迫骨折、介護保険認定/要支援・利用開始
2002(H14)/03:81才:デイサービス利用開始
2003(H15)/02:82才:介護保険認定/要介護1
2003(H15)/03:82才:自宅単身生活終了(長男と同居再開)
2003(H15)/08:82才:左目白内障手術
2005(H17)/11:84才:自宅単身生活再開(長男:国外出張)
2007(H19)/03:86才:自宅単身生活終了(長男と同居再開)
2007(H19)/08:86才:肺炎入院
2007(H19)/10:86才:介護保険認定/要介護3 老健利用リハビリ生活開始(6か月)
2008(H20)/04:87才:介護保険認定/要介護2 自宅トイレ改修・介護ベッド動線上に引き戸設置
2008(H20)/05:87才:自宅介護生活開始/車椅子利用(4年)、デイサービス利用再開、在宅生活支援サービス利用開始、介護ベッドなど借用開始
2009(H21)/1l:88才:右目白内障再手術
2011(H23)/03:(東北震災)
2012(H24)/04:91才:肺炎入院 介護保険認定/要介護3
2012(H24)/05:91才:ショートステイ利用介護生活開始(4か月)
2012(H24)/09:91才:老健利用介護生活開始(1年)
2013(H25)/09:92才:特養利用介護生活開始(4年)
2015(H27)/04:94才:介護保険認定/要介護4
2017(H27)/04:96才:介護保険認定/要介護5
2017(H29)/05:96才:死亡

 

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遺品・遺産整理

母親の残していったものが家にはいっぱいある。両親の老後生活に向けて自宅を新築した。残念ながら新築の家に1年も暮らすことなく父親は急死した。その後母親は元気に暮らしていたが、ある時期から圧迫骨折を繰り返し、最終的には自宅での車椅子生活、その後の施設での生活を余儀なくされた。新築期間中には、近くの解体予定の古家を借り、荷物を適宜リヤカーで旧家屋の解体前に借りた古家に、また新築後借りた古家から適宜荷物を持ち込んだ。そのため自宅の物品は活用できたものの十分な整理はできなかった。父親の亡くなった時の遺品・遺産は原則新築の家に暮らす母親が引継ぎ整理するという考え方であった。今回母親が亡くなって兄妹が整理することになる。遺品・遺産の概要は理解していたが、実際に目にしてみると自分たちの物品の整理を含め気を引き締めてかかる必要があると感じた。

母親の死

介護施設で暮らしていた母親が5月中旬に亡くなりました。

一昨年の夏を迎える前に母の体の衰弱が顕著となりました。その為、施設対応の医師在席のもと介護施設と、もしもの場合には施設での看取りを希望するかそれとも病院での延命処置を行うか検討しました。母親は今まで十分努力して生きてきたということを家族が納得しているという前提で、施設での看取りを希望する旨確認してありました。その時機会を見て自宅に帰るなら支援できる旨施設から提案がありました。暑くなる夏に向けて受け入れ準備も想定できないままでしたが、夏を過ごし母親の体調もそれなりに安定している状態が続きました。昨年の5月連休明けの土曜日には自宅で軽い昼食と休息をとることが出来ました。

施設に入居した当時から、母の気分転換を兼ね、車いすで外出・散歩をしていました。30分から一時間の散歩コースです。

latlonglab.yahoo.co.jp

散歩は母も楽しみにしていたようですが、今年の正月明けから寒い・風があるなどできないことも多くなりました。骨粗鬆症の痛みの続く状況では、介護ベッドと車椅子との移動頻度はできるだけ少ないようにし、食事の前後に散歩を設定しておりました。散歩ができないのであれば、訪問した時には夕食を中心に個室で一緒に取ることにしました。

今年も真夏の暑さが訪れる前に機会を見て自宅に迎い入れたいと考えていました。一方衰弱も続き、5月の最後の夕食となった日は、かなり衰弱している様子でした。通常は介護ベッドから車椅子への移動は家族が自力で本人を引き上げて行っておりましたが、当日は慣れている介護士に依頼しました。車椅子に立ち上がった時、口から痰が長く流れ出る様子を確認し介護士に指摘しました。ちょっと一緒に食べさせて休憩しその後の対応を介護士に依頼し帰宅しました。翌日熱があり施設側で病院に連れていき、肺炎(誤嚥性ではない)を確認し、点滴したそうです。その後引き続き施設での点滴を4日間続け肺炎対応を行いました。点滴を外したのち2日後に亡くなりました。

施設での看取りについては十分納得できていましたが、一度自宅に落ち着いて過ごさせてあげたいという思いもありました。一方施設から自宅に戻し、葬儀・火葬・納骨などが続きました。その後の自宅の片付けなどを含めこの場で確認していきたいと思っています。

高等教育の検討

高等教育を無償化するという話題がある。
 
その前に高等教育の位置づけを検討すべきであろう。
 
高等学校までの教育達成度は受験を
教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ (ちくま新書) 本田 由紀
高等教育である意味職業教育として位置づけられているのは医学のみである。
科学に裏付けられた試行錯誤の成果
大学における工学系教育の在り方に関する検討委員会(第3回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/…/cho…/koutou/081/gijiroku/1385318.htm
資料1 工学系教育改革(中間とりまとめ)の具体的方策のイメージ  (PDF:428KB) 
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/081/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2017/05/01/13853

文科省国立大「現役出向」241人リスト #2
問題は天下りだけではない。これが“植民地化”の実態だ
http://bunshun.jp/articles/-/2253

周辺の人を眺めて

 

高年齢者が年少者を見るとき、年少者を以前からよく知っている場合と知らない場合とで、前者は実態より未成熟に、後者は実態より成熟して想定してしまう。前者では高齢者(実態A)は自分の時間経過で以前の年少者(実態B)の成熟を推定する、後者は同様に自分の時間経過で自分の成熟度から巻き戻すためである。前者の例は親が子供を見るときであり、後者の例は自分の周辺に年少者が現れる場合であろう。

逆に年少者が高齢者を見るときには、初めに想像する場合には自分の時間経過で相手を判断するため若い時ほど年長者はより成熟していると感じるはずだ。学校などで上級生ははるかに大人びて感じたことはあると思える。

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